皮膚の上の嫌気性菌
−化粧品,シャンプー,石鹸,尿素クリームという虚構−


 前述のように,皮膚常在菌で最も数が多いのはPropionibacterium属に分類される細菌群で,これらは嫌気性菌である。そしてそれ以外にも好気性細菌や好気性真菌が皮膚で生活していて、皮膚とはまさに多種類の微生物が生息する生態系なのである。

 なぜ皮膚という好気性環境に嫌気性菌が優勢菌として生きていけるのか。これはバイオフィルムで説明したように,細菌は自分の周囲のミクロン単位の環境で生きていて、バイオフィルムの中では嫌気性菌から好気性菌まで多種類の細菌が共同で生活が可能になっているのだ。つまり細菌にとっては、自分の周囲数ミクロンの範囲の物理的・化学的環境が問題らしいのだ。これは皮膚の嫌気性菌も同じで,皮脂に含まれるワックス成分の薄い膜が覆う嫌気性の環境さえあればその下で増殖できるのだ。当然,ワックスの膜がない部分は好気性条件になるから,そこには好気性環境を好む常在菌(表皮ブドウ球菌など)が生息できることになる。そうやって,生息条件の違いによって様々な細菌や真菌が棲み分けしているのが皮膚という生態系なのである。


 だが,常在細菌群の生息にとって絶対に必要な細菌はPropionibacterium属である。なぜならこれらの細菌は皮脂を一番最初に分解し,他の常在菌へ皮脂分解産物の提供をするからだ。だから、Propionibacterium属がいなければ,他の皮膚常在菌は飢餓状態になり増殖を停止してしまい、皮膚は正常な機能を失ってしまう。

 一方、Propionibacteriumは好気性状態では増殖が著しく抑制され,特にP.acnesP.granulosumに至っては増殖は完全にストップしてしまう細菌である。つまり、皮膚の健常な状態を維持するのはPropionibacterium属が絶対的に必要で、この細菌の生存を維持するためには皮膚表面の「嫌気性状態を維持するワックスのバリア」は絶対に必要ということになる。

 もちろん,皮脂成分にも一部,界面活性作用を持つ物質が含まれているが,それらは脂質融解作用が弱く,嫌気性環境を破壊しない(界面活性剤には洗浄効果が強いもの,洗浄効果は弱いが発泡作用の強いものなど,さまざまな種類のものがある)。要するに、皮脂は嫌気性菌のPropionibacterium属の栄養源であると同時に、空気に常に晒されている皮膚に嫌気性環境を作ってこの細菌群の住処を作るという機能も持っているのである。


 「皮膚の嫌気性環境を破壊してはいけない」ということを大前提にして考えれば,尿素クリーム,その他の各種クリーム,各種化粧品,石鹸,シャンプーの使用の是非は極めてクリアカットに説明できるようになる。

 これらの物質はすべて界面活性剤を含んでいるが,その成分は合成洗剤と同じで脂質融解能力(=洗浄能力)が高い(というか,そもそも脂質を溶かす能力が強いからこそ、化粧品や石鹸やシャンプーの界面活性剤として選ばれたのだ)。つまり、強い脂質融解作用を持つという点では,尿素クリームも化粧品も弱酸性石鹸もベビー石鹸も五十歩百歩,大同小異なのである。もちろん、上記のいずれもが皮膚常在菌に必要な嫌気性環境を破壊してPropionibacteriumが棲めない状態にし,その結果,外来菌(その一部が病原菌だ)が皮膚で増えられる環境を作ってしまう。要するに、含まれている界面活性剤が洗浄能力が高いものである限り、「皮膚によい」と言うことは理論的にあり得ないのだ。

 シャンプーで頭皮をよく洗い,石鹸で体を丹念に洗うと嫌気性常在菌を守るワックスまで洗い流されて好気性の皮膚となり,常在菌が生息できなくなって外来菌(雑菌と呼んでもいい)だけが増える。だから頭の臭いや体臭がきつくなるのだろう。また、皮脂を強制的に洗い流すために,頭皮はそれに対応するためにさらに皮脂を分泌し,その結果として頭皮は油っぽくなるのだろう。角質表層がシャンプーで傷ついてしまうために皮膚のターンオーバーが異常になり,それがフケになるのだろう。

 一生懸命に化粧をする女性ほど顔の肌が荒れているのを日常的に経験するが、その原因も化粧品自体にあるのだろう。何しろそういう女性であっても荒れているのは顔と首だけで,その他の部位の皮膚は荒れていないのがなによりの証拠だ。要するに,「化粧をしている部分の皮膚だけ荒れ,化粧をしていない部分の皮膚は荒れていない」のだ。こういう現実に気がつけば、よほどおめでたい人でなければ肌の荒れと化粧品の関係を疑うはずだ。

 尿素クリームやハンドクリームで手荒れが治らないのも同じ。クリームの界面活性剤が皮膚表面の油を分解し,嫌気性環境を破壊するからだ。さらに尿素は皮膚に他の作用もする。尿素は1分子あたり4個の水素結合を持っていて,これで角質の主要タンパク質であるケラチンに結合する。ケラチンは外側に親水基,内側に疎水基を包み込んだ立体構造をしてるが,尿素はこの疎水基を外側に引っ張り出す作用をするのだ。つまり,尿素によりケラチンの立体構造は変化し,正常なケラチンではなくなる。つまり,角質も正常な構造を失ってしまう。そしてこれは同時に,嫌気性常在菌の棲む嫌気性環境そのものの破壊につながる(恐らくPropionibacteriumにとって尿素とは、家を土台から壊すブルドーザーのようなものだろう)。このようにして,尿素クリームは常在菌叢を破壊し,結果として皮膚を荒らす薬剤となる。


 それに対してワセリンやプラスチベースはどうか。これらを皮膚に塗っても嫌気性状態を作るワックス層は破壊されない。もちろん,ワセリンは皮膚常在菌の栄養源にはならないが,嫌気性環境という生育環境を維持する作用は持っている。これが肌荒れに対するワセリンの治療効果の本質ではないかと思う。もちろん,前述したように「角質表層損傷は閉鎖環境で遅延」し、ワセリン塗布が治癒を遅延させている可能性はあるが,皮膚表層の好気性環境を嫌気性環境に変えることで皮膚を正常な状態に戻すという作用の方が強く作用し、結果として手荒れを治しているのではないかと考えられる。

 ちなみに,人体には皮脂腺が存在しない部位がある。手掌と足底で、これらの部位ではエクリン汗腺が発達している。恐らくこれらの部位では、エクリン汗腺から分泌される物質(乳酸など)を栄養源とする細菌を中心とする生態系が形成されていると予想されるが、このあたりの研究はまだなされていないようだ。

(2009/02/03)

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