なぜ中枢神経は外胚葉由来なのか


 このように多細胞生物発生の歴史を俯瞰すると,なぜ中枢神経系は外胚葉由来なのかという理由が見てくる。中枢神経系を作る素材として,外胚葉が最適であり,それしか選択肢がなかったのだ。

 あらゆる解剖学書,発生学の教科書,脳外科の教科書には「皮膚と中枢神経は外胚葉由来」と書かれているが,「なぜ中枢神経系が外胚葉由来なのか」ということについての説明は一切書かれていない。もちろん,発生学の教科書を読むと,外胚葉の一部が体内に落ち込んで中空の管を作り,これが後の中枢神経になる様子が図解されている。しかし,いくら発生学の知識が増えても,なぜこのように手の込んだ神経系の発生(体の最深部から最も遠い位置にある外胚葉から作る必要があったのか)が起こるのかは理解できないのだ。


 前述のように,最初の多細胞生物は外胚葉のみの1胚葉生物だった。そして生きていく以上は環境の情報を取得する必要があった。外胚葉しかないのだから,いやでも外胚葉は最初から情報センサーでなければいけなかったし,その情報を処理する必要も生じた。さらに,運動は外部情報に対する反応である以上,運動の制御も外胚葉の役目となった。要するに外胚葉は誕生当初から「Pre-神経系」となる運命にあったと言える。そして,外胚葉にそのような機能を割り振ることができなかった原初の1胚葉生物は淘汰されるしかなかったと思われる。

 そのような機能を持った外胚葉生物から,2胚葉,3胚葉生物が進化した以上,それらの外胚葉は「Pre-神経系」の機能を引き継いでいるはずだ。なぜかというと,新たにセンサー組織をゼロから組み立てるより,既存のセンサー組織を利用した方がはるかに効率がいいからだ。実際,これまでの生命進化の歴史を見てみると,「ゼロから新しい組織を組み立てる」のではなく,「出来合いの組織や器官を新しい組織や器官として新たに仕立て直す」歴史の連続であることがわかる。その中で,中枢神経系だけ例外と言うことはあり得ないはずだ。


 近年,人間の皮膚の細胞(ケラチノサイト)から次々とドーパミンやセロトニンなど,神経伝達物質が見つかっている。つまり,中枢神経同士の情報伝達をする物質である。ケラチノサイトにはこれらの受容体ともに産生能があることが確認されたのだ。まさに,外胚葉から中枢神経が作られたことを物語る発見であるが,私は後述するように,実はこれにはもっと別の意味があると考えている。ドーパミンやセロトニンは当初,創傷治癒のシグナル物質であり,後に中枢神経に外胚葉が転用された時にシグナル物質としての特性が神経伝達物質としても最適だった,という仮説である。

(2009/01/26)