共生のエネルギー戦略


 食物を摂取して栄養にする,というのはどういうことだろうか。「その食物から得られるエネルギー」が,「その食物を手にいれ,消化・吸収し,アミノ酸に分解し,必要なたんぱく質などを合成するために消費したエネルギー」を上回っている場合にのみ意味がある。貝は水中や泥の中の栄養分を吸収するだけではせいぜいアサリ程度にしか大きくなれないと考えられているが,これは要するに,上記の二つのエネルギーの差が小さいということを意味しているか,あるいは,もともと水中や泥の中の有機物は巨大な貝を作るほどの濃度では存在しない,ということではないかと思われる。

 その点,体内に光合成渦鞭毛藻類を共生させている貝の場合,消化や吸収そのものが不要になるし,二酸化炭素が溶け込んだ海水を体内に取り入れるだけでエネルギーを得られるため,宿主(貝)はごくわずかなエネルギーを使うことで,多くのエネルギーを共生渦鞭毛藻類から得られることになる。だからこそ,共生渦鞭毛藻類を持つ南海のオオシャコ貝はあれほど巨大になれるのだ。

 もちろん,オオシャコ貝もそれなりに制限が課せられる。渦鞭毛藻類に光合成してもらうためには水深の浅い海にしかいられないし,常に貝殻の口を開けて体に日光を浴びさせる必要がある。オオシャコ貝としては貝殻を閉じていた方が安全に決まっているが,それをしたら渦鞭毛藻類はエネルギーを生み出してくれないからだ。またさらに,日光を貝の奥まで届かせた方が得られるエネルギーが多くなるため,恐らくオオシャコ貝側も光の入射角などの情報を感知し,それによって口の開け方をコントロールする機能が備わっている,というのもどこかで読んだことがある。もちろん,光の情報を感知して口の開け方を調節するにはオオシャコ貝はエネルギーを使うが,それによってより多くのエネルギーを渦鞭毛藻類が生み出してくれればいいわけである。

 要するに,投資した金額より多くの富が生み出せるかどうかという問題,コストパフォーマンスはどうかというのと同じであり,システム制御系そのものは極めて単純ではないだろうか。


 またこのように考えてみると,オオシャコ貝と光合成渦鞭毛藻類の共生が成立するためには,生活環境(=海域の条件)が限定された場合に限られることがわかる。

  1. 海水の透明度が高いこと。
  2. 荒天が続かず,基本的に晴天が多い海域であること。

 この二つが成立する海域でなければ渦鞭毛藻類は光合成を持続的に行えないからだ。つまりこれがオオシャコ貝が生存できる場所である。だから,「一年の半分が曇天か荒天という日本海側の東北地方」なんて地域は絶対に生存できないし,同様に,「冬季になると海表面が冷たく深部の海水が暖かいために,表層水とその下の水層の間で逆転現象による攪拌がある北海道からカムチャツカにかけての海域」と言うのも生存に適さない。あくまでも,栄養に乏しいために透明度が高く,温暖で浅い海域だけが光合成渦鞭毛藻類と共生できる生存域なのだ。

(2008/12/08)