48歳男性
6月2日,仕事中にカッターで左示指を切断。落ちていた部分を床から拾い上げて傷に乗せ,そのまま当院を受診した。当科では,これほど大きな組織の完全切断を縫って生着した例はこれまでなく,100%壊死するだろうと説明し,とりあえずダメ元で断片を縫合固定し,プラスモイストで被覆した。
以後,毎日水道水で洗ってはプラスモイストで被覆し,乾燥を防いだ。抜糸は10日目ころに行い,一部の縫合創縁の皮膚が白くなったため,白く浮いてきた角質だけを切除したが,角質の下には真皮が再生していて,きれいに上皮化した。
8月29日に再受診したが,生着した断端部は痺れはあるが仕事に師匠はなく,普通に仕事をしているとの事だった。
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6月3日 |
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6月9日 |
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6月13日 |
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8月29日 |
8月29日 |
手の外科専門医,形成外科専門医にとっては衝撃の一例だろう。完全切断で組織片の厚さは6ミリ以上あり,成人の場合,composite graft(血管吻合せずに創縁を縫合しただけ)しても100%の確率で壊死するからだ。実際,私は30年近く手指の手術を行っているが,これほどのサイズのcomposite graftが壊死しなかった経験はこれまでない。
しかし,この症例では壊死することもなく完全に生着した。これは何を意味するのか。composite graftが黒色壊死したのは手術手技の問題でなく,移植片の乾燥が壊死の原因だったという可能性だ。逆に言えば,乾燥さえ防げば,composite graftは壊死しないのではないか。
実は,この症例のすぐ後に同様の切断指症例が受診しているが,こちらもcomposite graftで完全に生着している。近日中に公開予定である。
この症例について感想・質問メールを頂いたので,紹介しつつ説明します。
【1 形成外科の先生からのメール】
指尖部完全断裂の治療例は、驚愕しながら拝見させて頂きました。
私は、composite graftで生着した経験は今まで御座いません。
このような症例の場合、切断断片を縫合固定せずとも、湿潤療法にて綺麗に治るとも考えられると思いますが,教えて頂きたい事が御座います。
切断断片を持参された場合には、断片縫合固定を強く勧めた方が良いのでしょうか? それとも、患者からの希望が無ければ、しなくても良いのでしょうか?
このような「
Composite graft完全生着」を2例続けて経験しました。たまたまの幸運例が2例続いたという捉え方も可能ですが,私としては「縫合固定後の乾燥を防げば,少なくともこれまでのように黒色壊死はしない」と考えています。
となれば,同様症例が再び受診し,切断したばかりの断端を持参してきたら,「ダメ元で縫ってみます。きれいにくっついた症例がありましたから」と説明して,縫合固定すると思います。理由は
- いかに湿潤治療といえども,これほど完璧な形の指尖部にならないことがある。
- たとえ壊死しても,この症例のように治療すればいいだけだ。
- 完全生着したあと,知覚がどの程度まで戻るのか(あるいは,戻らないのか)は現時点では未解決だが,少なくともこの患者さんでは仕事上に大きな問題になっていないようだ。
- 少なくともこの症例では,composite graftしたことによるデメリットがほとんどない。
【2 形成外科の先生からのメール】
指先のgraftですが、手技について、少し質問があります。
私も一昨日、指の背面(関節の近く)を脂肪層下面で、そいだ症例がきて、真皮をだしてから、植皮の要領で、縫合しました。これは、薄いので、たぶん、生着するでしょう。
先生の症例では、縫合の前に、多少のdefatはしていますか?
先生の症例は、脂肪層も十分含んでいるのでしょうから、それがそのまま、生着してくれるなら、手技的にも、簡便ですし、なんといっても、指の柔らかさがありますよね。
縫合前のrecipientの出血は、バイポーラなどで、止めていますか? それとも、止血操作はされていませんか? もしくは、患者さんがくっつけた状態をはがさずに、縫合されましたか?
形成外科医としては、とても興味津々なので、企業秘密?かもしれませんが、教えて頂きたくメールしました。
defattingなどの操作は一切していません。患者さんが落ちた断端を指の傷に乗せて受診されたので,洗浄などの余計な操作はせず,断端を動かさないように最新の注意を払ってそっと縫合しました
(下手に断片を動かすと出血する危険性が高い)。
止血操作もしていません。受診時,完全に止血していたからです。もしも断端から出血していたら,アルギン酸塩で圧迫して止血する程度にして,ある程度止血が得られたところで断端を創部に乗せて縫合し,それでも出血していたら軽く圧迫する程度にするでしょうね。
逆に,出血していたとしてもバイポーラや電気メスでの焼灼止血は考えません。焼灼することで組織を傷つけ,結果的に切断面の血流が悪くするからです。
composite graftの生着は切断面からの血流に依存しますから,焼灼止血のような組織損傷を伴う止血は
composite graftの生着を阻害する自殺行為でしょう。その点,アルギン酸塩被覆材による止血は組織損傷を起こさないので,理想的止血法と考えます。
【3 2番目のメールの先生からの追加】
やはり、はがさずに、そのまま縫合したのですね。そのほうが出血しませんものね。(過去に何度も、はがして洗浄して出血させたことがあります。)
まあ、感染はしないでしょうし・・・
今度私も呪縛から逃れて、はがさないでそのまま縫合してみます。
一抹の不安は、、、そこに血腫が残っていないか?ってことなんですが。薄いと透けて見えるので有無の判断ができますが、compositeが厚いと、見えませんからね。一か八かでしょうか・・・
血腫の件ですが,組織片はたかだか1センチ四方の面積ですから,問題になるような血腫形成はないと思います。また,血腫があったとしてもこの程度のサイズなら圧迫すれば押し出せます。
それと,問題になるような血腫を作るくらいなら縫合に躊躇するほどの出血が続いているはずです。この場合は,止血するためにgraftを切断面に乗せて上から圧迫し,出血が止まったことが確認できてから縫合固定するという手順になります。つまりこの時点で,血腫形成はないはずです。
【4 一般の方からのメールです】
思い出したことがあります。
取引先の業務用の肉屋さんの話です。
血で染まった包帯で指先をしっかり巻いてあったので、尋ねたところ、「肉と一緒に切っちゃったんですよ。でもね、拾ってくっつけてしっかり包帯巻いて、1週間から10日くらいそのままにしておけば、きれいにくっついちゃいますよ。絶対包帯取ったらだめですよ。巻きっぱなしでね。忙しくって医者に行ってられないんですよ。ハハハ・・」
もう何度もやって経験済みのような感じでした。
あまりにあっけらかんとして言うものだから、その時は「ホントに?」と思いましたが、症例を見て納得しました。
【5 救急救命士の方からのメールです】
救急救命士です。お忙しいところ恐縮ですが、質問させて下さい。
指尖部切断の症例ですが、医療従事者の端くれとして衝撃でした。私も、類似する症例の搬送経験があります(これもどうかって気がします…)が、病院収容後、ほとんどの傷病者が断端形成の説明を受けていたと記憶しています。
搬送の際、現状では切断部は「乾燥ガーゼに包んでビニール袋に入れ、それを氷水で冷却」しています。地元のMC協議会からもそのように指導されています。乾燥させてしまうので、どうなんだろうと疑問に思いつつ盲従していましたが、生食等で湿らせたガーゼの方が良いような気がします。
先生のお考えははいかがでしょうか?
また、今回の症例の患者さんはどのように保存されていましたか?
切断指断端の保存の原則は次の4つです。
乾燥させない
水浸しにしない(ふやかさない)
暖めない
凍らせない
ではどうするかというと「水で湿られたガーゼに切断端をくるみ,ビニール袋に入れ,袋の口を固く縛り,ちょっと氷を入れた水の中に入れる」が正解だと思います。
ガーゼがなければポケットのハンカチでもいいし,ビニールの代わりにディスポの手袋でもいいです。氷が多すぎると,氷に触れた部分が凍って死にますので,氷は「水の温度を一定に保つためのもの」とお考えください。
ちなみにこの患者さんは「落ちている断端を拾って切断指断端に乗せ,そのまま病院に急いだ」そうです。切断面の乾燥を防ぎ,断端をベストの常態に保つという意味では,ほぼ完璧な方法だと思います。
【救急医の先生からのメール】
composite graft完全生着症例を拝見ししました。本当に素晴らしいの一言ですね。
以前、先生にご相談申し上げた時に、「composite graftはほとんどが壊死するから、縫合しても意味がない」とのことでしたが、私のこれまでの経験でも、うまくいった経験はあまり記憶ありません。ただcase by caseなのかなという印象もありました。そのcase by caseの何が問題なのかと考えました。
今回の先生の治験から、あらためて局所の血流と湿潤環境が重要な因子であると思いました。これまでの私の印象では、落ちた断端をすぐに傷に付けて来院された患者さんは、ある程度graftによる圧迫止血と湿潤状態にあるので付きやすいのではないかと思います。
また、縫合する際に、あまり縫合間隔をあまり密にしないで、ある程度血腫や浸出液が自然ドレナージできる程度にしています。出血がなければ、ステリーテープでの固定でもよいのではないかと思うのですが・・・。あるいはステリーテープ+roughな縫合。被覆はガーゼではなく、プラスモイストかハイドロコロイド被覆材を使用しています。
Composite graft縫合のテクニックに関して(Interval、Bite、Depthなど)何かコメント、ご教授いただければありがたいです。
切断片の固定法ですが,「切断片が動かない」ことが一番重要かと重います。断端に乗せた切断片が何らかの原因で動いてしまったら,せっかくできかけている断端と切断片の結合が切れてしまうからです。その点,ステリストリップだけでは弱すぎると思います。ステリが剥がれたらそれっきりですから。
縫合の間隔,bite,締める強さは上記の6月3日の写真で大体わかると思います。禅問答のようですが「緩過ぎず,キツ過ぎず,密過ぎず,空け過ぎず」という感じだと思います(・・・形成外科医ならわかりますよね)。
あと,結節を作る時に,結節を引っ張ったりしないで,空中で優しくふんわりと結ぶ感覚かな?
深さに関しては「真皮層(と脂肪層)を確実に針で貫く(=真皮層同士を確実に縫合する)」ことが重要かと考えます。浅いと角質同士で縫合することになりますが,角質はいずれ垢となって浮いてくるため,確実な固定になりません。