『“不機嫌な”太陽 ー気候変動のもう一つのシナリオ』★★★(スベンスマルク/コールダー,恒星社厚生閣)


 気宇壮大な構想を緻密な思考と詳細なデータを論証していく素晴らしい本だ。最近1年間で読んだ本の中で間違いなくベスト3に入る。そして将来,スベンスマルクの考えが正しいことが科学者の共通認識となったとき,「科学を変えた名著の1つ」として末永く賞賛され,繰り返し取り上げられる本となるはずだ。

 本書で取り上げる時間は1/200万秒という量子論的時間から140億年という宇宙の年齢まで至る。そして本書の空間はミューオンという素粒子から天の川銀河全体にまで及ぶ。そこまでの時空を駆使して著者は何を書こうとしているのか。それは地球誕生から現在までなんども繰り返し訪れた気候変動(氷期と温暖期の交代)のメカニズムだ。つまり,地球の46億年の歴史という時間を横軸にし,天の川銀河の構造を縦軸にして,天の川銀河における太陽系の位置と宇宙線の密度から,これまで明らかにされた寒冷期と温暖期の時期を証明していくのだ。

 単純に書けば,「地表の温度は空の低い位置で形成される雲の量で左右され(=雲が多ければ気温が下がる),その雲は宇宙から飛来する宇宙線(が大気圏にぶつかってできるミューオン)で作られる。宇宙線の量は天の川銀河の場所によって異なり,太陽が銀河のどこにいるかで宇宙線量は変化する」ということになる。


 従来,地球規模の気候変動は太陽の活動性の変動によって説明されてきた。ご存知のように太陽の黒点は11年周期で変動し(ちなみに現在,黒点はほとんど消失していて,太陽の活動は停滞期に入っている),地球には絶えず,太陽の光が降り注いでいるのだから,太陽の活動が低下すれば寒くなる,というのはとても考えやすい理論だ。

 問題は,それだけでは数千万年に及ぶ大規模な氷河期の到来が説明できず,23億年前から5回ほど繰り返された全球凍結(Snowball Earth:地表面すべてが氷で覆われた現象)という極端な寒冷期がなぜ起きたのかもわからないことだ。かつて,大陸移動による超大陸パンゲアと気候変動を結びつけた学説も提案されたが,「足の爪が伸びる程度でしか移動できない」大陸移動では急速に起こった気候変動は証明できそうにもない。また,数千万年にわたって続いた全球凍結や氷河期からなぜ抜け出せたのかも,「太陽活動性の変化+大陸移動」では説明不可能だ。


 そこで本書の著書,スベンスマルクは「宇宙線により地球の気候変動が起こされた」という奇想天外・奇妙奇天烈なアイデアを思いつく。それに対し,気象学者はもちろん激しく反発する。長年積み重ねてきた気象データに基づく理論がすべてひっくり返されるからだ。
 しかも,この気象学者でもない素性の知れない男は,宇宙線という自分たちが理解できない概念を何の断りもなしに気象と結び付けたのである。こんな突拍子もない考えが通用しては,気象の専門家という立場が危うくなってしまうし,何より,気象学というサロンでああでもない,こうでもないと仲間内で楽しく議論ができなくなってしまう。気心の知れた仲間内のあの楽しい学会でなくなってしまう。
 これに反発しない「気象学の専門家」はいない。これは要するに,専門家限定の会員制クラブで楽しくやっていたのに,いきなり壁がとっぱらわれ,見も知らない素粒子物理ややら天体物理学者が土足で踏み込んできたようなものである。

 これは気象学者からすれば,突然のルール変更みたいなものであり,徒競走と綱引きだけだと思っていた運動会にいきなり数学と物理のテストが加わったようなものだ。気象学者からすると「そんなこと,聞いてないよ」だったはずだ。これが気象学者たちの反発の原因ではないだろう。

 だから従来の気象学や機構学の専門家たちはスベンスマルクに対し不快感を持ち,理論の不備を見つけようと躍起になった。その最大のものが,275万年前の急速な寒冷化だった。これは当初,スベンスマルクの理論では説明できないものだったのだ。しかし,スターバースト銀河の発見と天の川銀河内のクラスター構造が明らかになったことから,275万年前に太陽系を襲った超新星爆発の候補が見つかる。そして,天の川銀河の詳しい構造がわかってくるにつれ,スベンスマルクを支持する証拠が次々に積み重ねられていく。まさにスベンスマルクは不屈の戦士だった。


 それにしても,本書には膨大な知識が詰め込まれている。宇宙線について理解するためには超新星爆発により起こる現象を知らなければいけないし,宇宙線の種類について理解するには素粒子の知識が必要だし,銀河の磁場が宇宙線に与える影響も知る必要がある。その上で,太陽風についての知識,地磁気の知識が加わって初めて,宇宙線が地球大気に及ぼす作用を論じることができる。そしてもちろん,46億年にわたる地球の歴史と生物進化の知識も必須だ。

 宇宙線(一次宇宙線)の中の高速の陽子が大気と衝突することで,様々な粒子からなる大量の二次宇宙線が形成されるが,スベンスマルクはその中のミューオンに着目する。荷電量は電子と同じで,質量が電子の200倍重い荷電粒子だ。そしてここに相対性理論が関わってきて,寿命が1/200万秒しかないミューオンが地表下まで到達でき,雲を作る核となる硫酸の極微細粒子を形成し,それが凝集核となり雲が作られる。実はこれまでの気象学では硫酸の極微細粒子が雲形成に必要なことは分かっていたが,肝心の硫酸粒子ができるメカニズムは不明だったのだ。スベンスマルクは宇宙線で硫酸の極微細粒子が実際に作られることをエレガントな実験で証明する。

 そしていよいよ本書は,天の川銀河の構造と「氷期⇒温暖期⇒氷期・・・」の交代を明快に解き明かしていく。

 銀河は一般的にこのように渦巻状の構造をしているが(天の川銀河では4つの主要腕を持ち,主要腕はそれぞれ数本に分岐している),腕の回転速度と太陽の周回速度が異なっているため,太陽系は主要腕に入っては出る,という事を繰り返している。実は,太陽系が主要腕に入った時に宇宙線が多くなって地球の大気には大量の雲が作られ,地球は氷期を迎えたのだ。そして,腕を抜け出すことで温暖化したのだ。ちなみに現在の太陽はオリオン腕(主要腕のペルセウス腕の分岐)の中にいて,5,000万年後にペルセウス腕に突入するらしい。

 かくして,「射手ー竜骨腕」の中にいた地球はマリノアン氷河期という超寒冷期を迎え,そこから抜けだしてエデュアカラ期~カンブリア紀初期で温暖化して海面が高くなり,カンブリア紀の「進化の大爆発」となる。その後,ペルセウス腕に入り始めたことでオルドビス紀が終了して氷期に突入し,ペルセウス腕を抜け出て温暖なシルル紀を迎えたのだ。そして,太陽の周回運動に加え,天の川銀河の円盤に対する太陽の3,400万年単位の上下動が,さらに短期間の気候変動を説明していく。そしてこれに,太陽活動の変化が加わり,地球全体の気候変動が解明されていく。実に明快であり例外がない。


 そして本書は最終章で「二酸化炭素による温暖化説」を一刀両断で切り捨てる。100万年単位で見ると温暖化と二酸化炭素の上昇は関連するが,常に「温暖化⇒二酸化炭素の上昇」という順番でありその逆ではないからだ。さらに20世紀の温暖化は1905~1940年代に起きたがその頃は二酸化炭素濃度は低く,1950~60年頃の寒冷期に二酸化炭素濃度は上昇していたのだ。無駄な化石燃料を使わないということは社会の目標・人間の生き方としては重要だが,実は,車のアイドリングを止めてもレジ袋を減らしても割り箸を使わなくなっても,地球温暖化とは全く無関係なのだ。

 ちなみに,過去400年間の太陽の磁気活動の研究から,太陽は1990年頃から活動停滞期に入り,より劇的な下降に向かう開始点に立っているのではないか,と考えられているようだ。要するに,可能性としては温暖化ではなく今後は寒冷化に向かう可能性が高いようだ。

 温暖化と寒冷化,どちらが怖いかといえばもちろん後者である。前者の場合,せいぜい海抜の低い南の島が海に没するくらいで,地球全体で見た耕地面積は増え食料生産も向上するが,寒冷期では耕地面積も居住可能面積も減少するのである。温暖化で人類が滅びることはないが,寒冷化では人類は生き延びられないのだ。


 ちなみに,本書にはいろいろなミニ知識が満載である。例えば,次のようなものだ。こういうミニ知識を見つけるだけで楽しい本だ。

(2011/01/24)