『地震の癖 ーいつ,どこで起こって,どこを通るのか?』★★★
(角田史雄,講談社+α新書)


 「3.11」後の一時期,書店の一角は地震関連本で一杯だった。地震予知関連のもの,地震発生メカニズムを説明したもの,防災関連のものなど様々ある。そういう目で見ると本書はそういう「3.11がらみの地震本の一冊」に見えてしまうが,実は全く異なる本である。
 本書の出版は2009年であり,内容は「従来のプレートテクとニクス理論による地震発生理論はすべて間違っている」というものなのだ。要するに,地震発生メカニズムの定説を全面否定する本なのである。もちろん,中身も非常に面白い。最新の地球物理学の知見と膨大な観測データを元に地震と火山噴火のメカニズムを見事に説明していく様はスリリングだ。


 科学とは,古い常識が否定されて全く新しい考えに置き換えられる「パラダイムシフト」の連続である。本書で提唱する理論が現在の地球物理学や地震学でどのように扱われているかは分からないが,もしもこれが本当だとすると間違いなくパラダイムシフト級の理論と思われる。

 本書が否定するのはウェゲナーの大陸移動説に始まる「プレートテクトニクス理論」である。ご存じのように「地下のマントルの対流により海洋プレートが年間数cmの速度で移動して大陸プレートの下に潜り込み,長い年月をかけて大陸は移動した。海洋プレートが潜り込むときに大陸プレートを引っ張り込み,その変形の歪みが地震を起こす」というような理論であり,常識中の常識といえよう。
 ちなみに,日本では1969年にこの理論が紹介され,それをもとに小松左京(先頃,鬼籍に入った)が『日本沈没』という傑作を書いたことは有名であり,この小説以後,プレート移動という言葉が人口に膾炙する事となった。

 また,1968年の十勝沖地震をきっかけに地震予知連楽会が発足したが,ここで「地震予知」の元になったのもプレート・テクトニクス理論だった。要するにこの理論は,国家をも動かしたのである。


 ところが,その地震予知連が巨額の予算を受けながら,30年間,一度も地震を「予知」できなかったのは周知の事実だ。日本列島で起きた最大の地震である「3.11」の巨大地震すら予知できなかったのである。

 さらに,プレート・テクトニクス理論では,プレート衝突地域から遠く離れた地域(例:中国四川省など黄河中流域)で大地震が頻発していることを説明できないのである。何しろこの四川省は日本海溝のプレート衝突部から2,500キロメートル,ヒマラヤの衝突帯から2,000キロ以上離れているのだ。2,500キロメートルの地点で地震が起きるのなら,それより近い500キロメートル地点で先に地震が起きてよさそうなものだ。

 そしてさらに,本書によるとマントル対流による摩擦力だけではプレートが動かないことが力学的に証明されていると言うし,太平洋プレートは時計回りに回転しているだけで,ユーラシアプレートの方向に移動していないことも証明されているらしい。さらに言えば,マントル自体もかつて考えられていたような形では「対流」していないことが明らかになったのである。要するに,プレート・テクトニクス理論の心臓部がことごとく否定されているのだ。


 こうなると,科学者がとる態度は3つしかない。

  1. プレート理論が正しく,観測結果の方が間違いだと考える。
  2. 新たな観測事実を従来のプレート理論に組み込めないかと模索する。
  3. プレート理論をすべて捨て去り,全くゼロから新しい理論を構築する。


 本書は3番目の道を選んでいると思われるが,このような場合,新理論にはどのような条件が必要だろうか。それは次の3つであり,この3点が完璧なら,従来の理論(=旧パラダイム)を全面否定できるのだ。

  1. 従来理論で説明できたことが新理論でも説明できること
  2. 従来理論で説明できなかったことが,新理論で説明できること
  3. まだ観測されていない現象を予知・予測できること

 例えば,アインシュタインの相対性理論はニュートンの万有引力の法則の拡張という位置づけであるが,

  1. ニュートンの理論では説明の付かない水星の近日点移動を説明でき,
  2. 重力レンズの存在を予想してそれが数年後に確認された
ことで,「より一般的な条件で成立する重力理論」として受け入れられたのだ。


 そのような目で見ると,本書の提唱する理論は

  1. 地震発生のメカニズムを単純明快な理論で説明できる
  2. 中国の黄河中流域での地震頻発の理由を説明し
  3. 2007年の時点で,2008年の四川省大地震の発生を予知していた
という3点において,新理論としての条件を満たしていると思われる。


 本書で提唱する理論は「外核に発生したスーパープリュームから供給される熱エネルギーが地殻下を通り,そのエネルギーが地震と火山噴火となって解放される」という単純明快なものだ。そしてこの理論の背景にあるのは,マントルトモグラフィによって明らかになった地球内部の温度分布と詳細な深部構造である。

 地球の構造は,中心に個体鉄の内核,その外側に融解した鉄からなる外核,その外側にマントルがあり,さらにそれを地殻が包んでいる。外核は6,000℃もの高温の液体状の鉄だが,南太平洋と南アフリカの地下3,000キロメートルの2カ所からスーパープリュームが外側に延びている。これが外核から地殻下への熱エネルギー供給源であり,地震や火山噴火を起こすエネルギーそのものである。つまり,地震と火山噴火が一元的に説明でき,しかも,特定地域でしばしば見られる「地震と火山噴火の連動現象」も鮮やかに説明できるのだ。

 また,環太平洋地域では両側に地震多発地帯があるが(フィリピン,日本,カリフォルニアなど),これは太平洋の成り立ちと構造が関与している。現在の太平洋はおよそ6億年前のバイカル変動という大規模な地殻変動で作られたが,海底を作っている「冷たい岩石層」が蓋をし,その下をスーパープリュームからの熱が移動するため,熱が移動できるのは「蓋の周り」に限られることになった。バイカル変動の周囲には冷たい地塊があって熱移動を邪魔するからだ。

 そして,熱の通りやすい部分はバイカル変動で形成された断層面である。東アジアではこれが3つある。スマトラー中国ルート(SCルート),フィリピンー日本ルート(PJルート),そしてマリアナー日本ルート(MJルート)であり,南太平洋の3,000キロメートルの地下で生まれたスーパープリュームで供給される熱はこの3つのルートを通って北上し,やがてその一部は日本列島に到達し,地震と火山噴火を起こしているのである。そしてそれぞれのルートごとに,熱が移動するスピードの違い,火山の有無の違い,断層面の構造の違いにより,「地域による地震の起こり癖」が決まるのだ。


 本書は2009年に出版されたもので,2008年の四川大地震と同年の岩手県内陸南部地震がもっとも新しいものだ。もちろん,2011年の「3.11」は一言もふれられていない(・・・当たり前である)。だが,東北地方の太平洋沿岸地震に関与する「熱の通り道」はMJルートとPJルートであり,それぞれの熱の移送速度がわかっている以上,地震と火山噴火のデータさえ揃えられれば,どのようにしてあの大地震が起きたのか分析は素人でも可能かもしれない。


 このような素晴らしく面白い内容の本だが,もしも改訂版を出す機会があったら,是非,修正してほしい点があったことを最後に付け加えておく。

 まず,本書で最も重要な概念である「VE課程」と「HT線」が何の略であるかが明記されていないこと。前者は31ページ目,後者は61ページ目に登場する語句だが,いずれもいきなり登場するため,読み手側は途方に暮れてしまう。もちろん,前者は「Volcano-Earthquake Process」,後者は「Hottest-Temperature Line」の略だろうということは類推できるが,これはやはり本文中で明記すべきだろう。

 さらにもう一点,地球の内核,外核についての説明はあるが,マントルやマグマや地殻の定義・説明が書かれていなかったと思う。本書の性格(=一般向け新書)を考えると,どんな基本的な語句であっても,すべてに説明を付けるべきだったと思う。


 本書を読んで不意に,15年ほど前に読んだ一冊の本を思い出した。本のタイトルもろくに覚えていないが『地震は予知できるのか』というような本だったと思う。そこには「地震は地殻の破壊現象である以上,予測は不可能だ」と明快に書かれていた。
 その本の中に「地底奥深くに,カタツムリのようなスピードで動く何かがいて,それが地震の原因になっているようにしか思えない」という一節があった。確か,イタリア⇒トルコ⇒西アジアと数年間の経過で地震の震源地が移動したように見える現象を例に取り,そのスピードが「カタツムリの移動スピード」と同じであることから言及したものだったと思う。
 今にして思えば,この「カタツムリのようにゆっくり移動する地震を起こす何か」こそ,本書で言うスーパープリュームと熱移送システムだったのではないかと思う。

(2011/08/03)