海はどうしてできたのか★★(藤岡 換太郎,講談社ブルーバックス)


 いつの間にか,私のライフワークは外傷や熱傷の湿潤治療と創感染の解明になってしまったが(それにしても,15年前に「傷を乾かさない治療」をちょっとしたはずみで始めた当初は,まさかそれが自分の人生を変えることになるとは全く予想もしていなかったよ),創傷治癒にしても創感染にしても,地球上での生命進化の歴史と無関係ではないし,むしろ,生命進化や生命誕生のメカニズムから考えていくべきだ,というのがここ数年の私の基本的スタンスだ。なぜ細菌は病気を起こすかというのは,そもそも細菌とはどういう生き方を選択し,地球環境の変化の中でどう進化してきた生物かと,密接に関連しているはずだし,同様に,人間の皮膚の傷の治癒とは,生命体本来の生息環境でなかった環境(=地上)で生存するために進化したものだと考えた方が創傷治癒の本質が見えてくると考えている。
 要するに,生命現象の謎に迫ろうとするなら,生命誕生とか生命進化は避けて通れない問題なのだ。

 ところが困ったことに,私は生命進化どころか生物学は専門ではないし(思い起こせば,高校の時に生物学は履修した記憶がない),まるっきり素人ではないが,プロよりは素人寄りである。でも,勉強しなければ先に進めないから,仕方なしに勉強することになる。とは言っても,生命進化について教えてくれる先生なんて周りにはいないから,本屋に行っては関連がありそうな本を片っ端から手に取っては読むことになる。

 同様に,生命進化の歴史は地球そのものの歴史と密接に関連しているから,その方面の勉強も必要になる。勉強すればするほど,勉強しなければいけないことが増えていく。


 さて,本書は地球誕生以後の海の進化について総合的に解説した本で,著者は地球科学の研究者だ。以前,地球の大気の歴史をまとめた本を読んだが,そこから得られた知識と,今回の本から得られた知識を統合すると,頭の中で縦糸と横糸が組み合わさっていく感じで知識が整理でき,非常に面白かった。「大気の本」を読んだだけではちょっと理解しにくかったことが,「海の本」を読むと霧が晴れるようにわかったりするからだ。やはり物事というのはコインの両面から説明してもらわないとわからないものらしい。


 それと,46億年の地球の歴史を1年に当てはめると・・・というのもよく使われる手法であるが,時間の長短を直感的に掴めて非常に有用だった。例えば,生命の誕生が2月25日,シアノバクテリアによる酸素放出開始が5月31日というのは感覚的にも納得できるが,最初の超大陸の出現が8月3日というのは「へぇ,そんなに遅い時期に始まったイベントだったのか」とちょっとビックリ。ましてや,最後の超大陸であるパンゲアに至っては12月11日だし(ちなみに,パンゲアの形成時期はペルム紀大絶滅と同時期になる),さらに,6500万年前の巨大隕石落下は12月26日である(・・・ということは,恐竜たちは少なくともクリスマスは祝えたようだ・・・キリスト様誕生以前の世界にクリスマスがあったのかという問題はあるが・・・)。46億年という時間がどれほど長大なものかがよくわかる。

 それにしても,地球誕生から間もない1月12日のジャイアントインパクトで,地球自体が壊れなかったのは幸運だった。何しろぶつかってきたのは火星サイズの天体だったと推定されているのだ。衝突の角度によっては,この自転で地球そのものが宇宙の藻屑と消えた可能性だったあったはずだし,その場合は地球誕生はまた一からやり直しである。そうなると,新しい地球は現在のサイズではなかった可能性があるし,地球の公転軌道も今と違っていただろう。そうなると,生命が全く誕生しなかった可能性の方が高いはずだ。

 同様に,最初期の地球の大気が二酸化炭素(と窒素)が主体だったために,誕生直後でまだ熱と光を十分に出していなかった太陽でも地表温度を保てたのも幸運だったが(これが「暗い太陽のパラドクス」),その後に次第に二酸化炭素濃度が低下したのも言ってみれば偶然の産物である。「幸運にも」という言葉を使うしかないが,二酸化炭素低下のタイミングがもうちょっと遅れていたら,海が形成されたとしても海水はほどなく蒸発して干からびていたのだ。「神はサイコロ遊びをしない」と言ったのはアインシュタインだったが,神がサイコロを振るタイミングがちょっとずれただけで,地球の運命は全く違った方向に進んでいただろうし,そうなったら生命誕生どころではなかったはずだ。


 このようにして,地球の大気の進化の歴史と海の進化の歴史を並べて読んでみると,大気の変化(=成分の組成の変化,温度の変化)は頻繁に短期間での変動を繰り返してきたのに対し,海の変化は頻度が少なく,比較的な害時間をかけて変化したことがわかる。実際,本書を読むと海水の組成や温度の大変化というイベントは地球全史を通してもそれほど頻繁に起きていないようだ。しかし,海は一旦変化の方向にスイッチが入ると後戻りしにくく(=フィードバックがかかりにくく),そのため,変化はより長期間に及び,環境に対する影響も甚大だった。もちろんそれは,水という物質の比熱の大きさ,つまり熱しにくく冷めにくい性質が原因だ。海は巨大タンカーのようなもので,方向転換に時間がかかるが,一旦方向を変えてしまうと修正するのが大変なのだ。

 本書を読むと改めて,地球に水があり海がある現在の状態は,奇跡の連続の結果だったとしか思えない。どこかの過程で一つ手違いがあっただけで,現在の地球環境とはかけ離れたものになっていて不思議なかったようだ。もちろんそれを「必然の結果」と考えることは可能だが,あくまでも結果論ではないかと思う。

(2013/03/06)