体の中の外界 腸のふしぎ★★(上野川修一,講談社ブルーバックス)


 「腸についてのアルファからオメガまで」といった趣の一般向け書籍であり,膨大な知識・情報が手際よくまとめられていて,内容は浅からず深からずでバランスがよく,書かれている情報の俯瞰性もいい。これぞブルーバックスという一冊である(ちなみに,私はKindle版で読みました)。

 一部,高度な内容の部分はあるが難解というほどではないし,少なくとも,このサイトを読んで理解できる人なら最後まで楽しく読めると思う。


 内容を箇条書きにすると次のようになる。

 これらの知識を得るためには,恐らく最善の一冊だろうと思う。これらの問題に興味を持っている人なら読んで損はないだろう。


 ただ,問題が皆無かというと,そういうわけでもない。著者が「ヒトは進化の頂点に立っている。ヒトは万物の霊長である」というドグマを無条件に信じていて,それが記述内容に矛盾を引き起こしているのだ。

 まず一点目。本書の記述を素直に読むと「肉食動物」⇒「草食動物」⇒「雑食動物」という方向に動物が進化したように読めてしまうのはさすがにマズイ。本書では,肉食と草食について説明し,それらの欠点を説明し,その欠点を補う進化した食事として雑食を説明している。

 恐らく,「人間は進化の頂点に立っている」⇒「人間は雑食である」⇒「故に,最も進化した食性は雑食である」という三段論法を最初に立ててしまったのが間違いの原因だろう。

 動物(脊椎動物)の進化史を俯瞰すると,最初に登場するのは「肉食動物」,次に登場するのは「雑食動物」,その後に「草食動物」である。

 脊椎動物・無脊椎動物の原型が全てで揃うのはカンブリア紀であり,この時期にはまだ「植物」は登場していない。カンブリア紀の動物は海底の泥を濾過して栄養物を摂取する濾過食か,そういう動物を食べる肉食かのいずれかだった。

 陸上に藻類が進出するのは4億2000万年前のシルル紀後半だ。そして,デボン紀になってはじめて植物といえる生命体が地表を覆うようになる。そして,植物の上陸を待っていたかのように,節足動物が上陸し,節足動物の一部が進化して昆虫となり,昆虫の一部が植物を食物とするようになった。最初の脊椎動物が上陸したのはその後だ。

 最初の陸生動物は両生類,両生類から進化したのが爬虫類だが,両者ともに肉食だ(リクガメとウミイグアナのみが草食だが,両者ともに「特異な環境での特殊例」といえる)。白亜紀になってはじめて完全草食動物が出現するが,これは恐竜の一部が草も食べ始め,それにともなってセルロース分解菌が消化管内に定着し,長い時間をかけて消化管の構造が変化し,草食に特殊化した結果と考えられている。草食のみで生きていくためには,消化管の構造の変化が必須だろう。


 もう一つ気になったのは,「ヒトが最も進化できた理由は,最も進化した腸を持っていたからだ」という部分。腸の研究者としては腸を持ちあげたい,華を持たせたい,という気持ちがあるのはわかるが,さすがに勇み足だと思う。「ヒトは生物学的に最も進化した動物」でもなければ,「ヒトの腸は最も進化した消化管」でもないからだ。

 著者は「何でも食べるヒトの雑食性が,人を進化の頂点に導いた」と述べているが,雑食性はヒトの専売特許ではない。多くのサル(真猿類・原猿類)は雑食性だし,ブタもタヌキも雑食性だ。昆虫にも雑食性のものが少なくない(コオロギやキリギリスを飼育していればわかる)。原猿類に話を限れば,最も小型のもの(ロリスなど)は昆虫食,大型のもの(コロブスなど)は植物食,その中間の体重のものは雑食だ。つまり,霊長類も同じで,「体重40キロの霊長類」である初期人類は雑食にならざるを得なかっただけのことだ。

 ヒトの個体数が増えたのは,食糧を自力生産できるようになり,個体数増加に伴う様々なトラブルを解決する能力を持つ脳を持っていたからだ。


 なお,脳と腸に関する最新研究のレポートがこちら。
     ⇒【疲れている時に甘い物が食べたくなるのは腸にある「第2の脳」の影響】
 腸が分泌する神経伝達物質が脳に直接影響しているようで,腸神経系が分泌する神経伝達物質が,さまざまな原因不明の脳疾患,精神疾患に関与している可能性があるらしい。

(2014/11/04)